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IASB概念フレームワークと日本版IFRS Part3:「純利益とOCI及びリサイクリング」の取り扱い
(2013/12/4)

1.現行の規定

現在の「概念フレームワーク」では、「包括利益」という用語は一切使用されていません。
「純利益」という用語は、たったの1か所、4.28項の以下の文章でのみ使用されています。

また、さまざまな方法で収益及び費用項目を区分し又はそれらを組み合わせることによって、企業の業績をいくつかの測定値で表示することが可能になる。これらはそれぞれ異なる内容をもっている。例えば、損益計算書では、売上総利益、経常的活動からの税引前利益、経常的活動からの税引後利益及び純利益を表示することが可能である。

この規定の趣旨は、「企業の業績」は一つの金額で表現するよりも、企業活動の内容によって、いろいろな利益を算出して表現する方が、財務諸表の利用者にとっては有用だということです。
たとえば、すべての収益からすべての費用を差し引いた「当期純利益」のみが表現されている損益計算書では不便です。
なぜなら、どのような活動の結果で儲かったのかが読み取れないからです。
具体的に言えば、主たる営業活動である製品の売買で得られた利益は、「売上総利益」として表示されていないと読み取れないのです。

ところで、2010年に概念フレームワークが改訂された際に、この4.28項を含む「財務諸表の構成要素」の章は改訂対象外でした。
つまり、1989年に改訂された規定が、現在もそのまま残っている状態なのです。
1989年当時には、まだ「包括利益」という概念は存在していなかったので、現在の「概念フレームワーク」に「包括利益」という用語が使用されていないのです。

ところがその後、特に再測定によって生じる損益を「その他包括利益(OCI)」として取り扱うことを要求する個々の基準(IFRS)が開発されました。
そこで、「概念フレームワーク」でその基本となる考え方を示す必要が出てきたのです。


2. ディスカッションペーパーの改訂内容

今回のディスカッションペーパー「『財務報告に関する概念フレームワーク』の見直し」(以下本DP)では、IASB の予備的見解として「概念フレームワーク」では純損益を合計又は小計として要求すべきだとしています。
そして純損益の表示を要求することとなると、「リサイクリングすべきかどうか」という検討の余地が生まれてくるのです。

リサイクリングは、再測定の際にOCIとして取り扱った項目について、売却などで実現した際にOCIから純損益の項目に振り返る手続きです。

本DPでは、まず「リサイクリングを一切禁止するアプローチ」を明確に否定しています。
そして、リサイクリングを行う、以下の二つのアプローチを提示して、どちらが妥当であるかの意見を求めています。

  1. アプローチ2A:OCI に対する狭いアプローチ
  2. アプローチ2B:OCI に対する広いアプローチ
上記二つのアプローチの違いは、読んで字のごとく、OCIの対象範囲が異なることで表現されています。

ただ、二つのアプローチの違いは対象範囲が異なるだけではありません。
リサイクリングの取り扱いにも違いがあります。

OCIの対象範囲を狭くする「アプローチ2A」では、すべてのOCIをリサイクリングします。
逆にOCIの対象範囲が広い「アプローチ2B」では、一部リサイクリングしない項目があります。

3. ASBJの主張

ASBJが2011年11月にIASBに提出した、「意見募集『アジェンダ協議2011』へのコメント」(以下、「アジェンダ協議2011へのコメント」)には、ASBJとしての以下の主張が表現されています(第13項及び第14項)。

【主張その1】 「当期純利益」を「構成要素」として位置づけ、明確に「定義」すること
【主張その2】 OCIはすべてリサイクリングすること

さらに、「アジェンダ協議2011へのコメント」のAppendixの「OCIとリサイクリングに関する見解(11項)」では、以下の(1)から(4)の内容が記載されています(Appendix第1項)。
これは、「当期純利益」の重要性を明らかにし、明確に「定義」することの理由を示しています。

  1. 当期純利益は、企業の総合的な業績指標として1株当たり利益など、各種の重要指標の基礎として使用されている。
  2. 企業の業績は、最終的にキャッシュ・フローに帰着し、会計はそれを各期に割り当て、意味のある業績情報を提供している。
  3. すべてのOCIにリサイクリングを行えば、通算の当期純利益の合計額とキャッシュ・フロー合計額は一致する。
  4. 一部でもリサイクリングしない項目があると、通算の当期純利益の合計額とキャッシュ・フロー合計額は一致しなくなる。
    これは、当期純利益に反映されないキャッシュ・フローがあることになり、(1)で指摘した「当期純利益の総合的な業績指標」としての有用性が低下する。
ここで、【主張その1】の「当期純利益」の「定義づけ」をすべきかどうかは、ひとまず置いておくこととします。

ここでは、【主張その2】について考えます。

「アジェンダ協議2011へのコメント」第12項では、「現行のIFRSでは当期純利益へのリサイクリングの要否について、個々の会計基準で取り扱いが異なっていて、基準横断的な観点での考え方が明確でない」と指摘しています。
つまり、概念フレームワークで「リサイクリングの要否」を明確にすべきということです。

取り扱いの異なるIFRSについては、具体的に以下の基準を示しています。
  1. 有形固定資産の再評価モデル:再評価による帳簿価額の増加で認識したOCIはリサイクリングしない。(IAS第16号)
  2. 資本性金融商品のOCIオプション:リサイクリングしない。(IFRS第9号)
  3. 金融負債に関する公正価値オプション:信用リスクに起因する公正価値の変動部分についてはリサイクリングしない。(IFRS第9号)
  4. 退職後給付会計で発生する数理計算上の差異等:再測定部分について認識したOCIはリサイクリングしない。(IAS第19号)
  5. キャッシュ・フロー・ヘッジのヘッジ手段の有効部分:ヘッジ対象の当期純利益が認識されるのに合わせてリサイクリングする。(IAS第39号)
  6. 海外子会社等への純投資:為替換算調整勘定は、その海外子会社等を処分したときにリサイクリングする。(IAS第21号)
このように個々の会計基準(IFRS)でリサイクリングの取り扱いが異なることについて、基本となる考え方を示すことは重要だと思います。

だからこそ、本DPでも、上記二つのアプローチを提示して、コメントを募集しているのです。
ASBJの考え方は、すべてのOCIをリサイクリングすべきという点で、「アプローチ2A」に近いと考えられます。

4. 日本版IFRS策定作業との関係

ここで、2013年5月28日に開催された企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議に提出されたある文書を見てみよう。

その文書は、『【資料2】IFRSの適用の方法について』(以下、「5,28提出資料2」)という文書です。

この「5.28提出資料2」の8ページ目に、「IFRSの個別基準をエンドースメントする際の判断基準」の「会計基準に係る考え方の相違」として、「リサイクリング」があげられています。

「IFRSの個別基準をエンドースメントする際の判断基準」としての「会計基準に係る考え方の相違」という表現は、2013年6月20日に金融庁のサイトで公表された『国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針』に明示された表現と同じなのです。

これはすなわち、「すべてのOCIをリサイクリングすべき」という考え方について、現在日本のASBJの作業部会で策定されている日本版IFRSで修正されることが、ほぼ確実といえるのではないでしょうか。


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中田版『IFRSの誤解』 
Part1:包括利益(2010/8/6)
Part2:連結の範囲 (2010/8/30)
Part3:棚卸資産会計(2010/9/27)
Part4:IFRS適用時期(2010/10/05)
Part5:海外子会社の機能通貨(2010/10/12)
Part6:収益認識(FOBとCIF)(2010/11/8)
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Part8:IAS第16号の「一会計期間」は「一年」(2011/1/14)
Part9:海外子会社の機能通貨(その2)(2011/3/7)
Part10:子会社の会計方針の統一(2011/3/28)
Part11:IFRSは時価会計的でM&Aのためにある(2011/7/25)
Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない(2011/8/1)
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  Part14:開示義務の明文規定がある場合には、すべて開示しなければならない(2014/5/9) 
 
勝手に解説『山田辰己理事のIASB会議レポート』
Part1:連結子会社の開示
 (2010/8/17)
Part2:概念フレームワーク
 (2010/8/23)
Part3:アメリカの動向(2011/8/23)
 
『グループ法人税制が与える連結決算への影響』
Part1:固定資産未実現に係る税効果の会計手続き(譲渡損益調整資産の取扱い)(2010/9/7)
Part2:連結法人間の寄附金に係る税効果の会計手続き
(2010/9/13)
Part3:中小特例の取扱い(2010/9/21)
 

『やさしく深掘り IFRSの概念フレームワーク』
『やさしく深掘り IFRSの有形固定資産』
『わかった気になるIFRS』
『連結経営管理の実務』
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』


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