有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士 中田清穂のサイト ホーム 有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士 中田 清穂
ホーム > 週刊中田コーナー >IFRS対応プロジェクト最前線 Part14:6月30日の企業会計審議会の議論について(2011/7/14)
IFRS対応プロジェクト最前線 Part14:6月30日の企業会計審議会の議論について(2011/7/14)

金融庁は2009年6月に公表したいわゆる「中間報告」で、2012年中にIFRSを強制適用するかどうかを判断するとしていました。
「中間報告」ではIFRSを強制適用するための準備期間は「少なくとも3年以上」とされていましたので、最短では2015年3月期にも強制適用される可能性がありました。
しかし、今年6月、自見庄三郎金融相は、2015年3月期までの強制適用はないと明言され、準備期間も「5〜7年間程度延ばす」と表明されました。(前号参照)

これを受ける形で6月30日に新たに委員が選出された企業会計審議会では、以下の項目について発言があったようです。
  1. 3年以上とされていた準備期間を延長すること。
  2. 上場企業全社に適用する「全面適用」ではなく、グローバルに活動する企業に限定する「部分適用」にすること
  3. アドプションではなく、コンバージェンスの続行に舵を戻すこと
1.の準備期間については、確かに「中間報告」の内容では、IFRS第1号「初度適用」を考慮すると無謀だったといえるでしょう。
正式に強制適用を決定して3年後にIFRSベースの財務報告をすることになると、その3年前の財政状態計算書をIFRSベースで作成することになるからです。
つまり、金融庁が正式決定したその年度末の財政状態計算書を、いきなりIFRSベースで作成する必要があったのです。
「中間報告」を作成した企業会計審議会の委員や金融庁の担当が、IFRS第1号「初度適用」を適切に理解されていなかったのでしょう。
したがって、準備期間の延長は、極めて正しい判断だと思います。

2.の適用範囲については、留意すべきことがあります。
2.では、IFRSの適用範囲を「グローバルに活動する企業」に限定する発言がありました。
この発言は、「海外展開を全くしていない極めてドメスティックな企業では、IFRSベースで財務報告をする意味は全くない」というふうに受け止められます。
これには重大な問題があると思います。
IFRSベースで財務報告をするのは、海外展開を有利に進めるためだけではないはずです。
確かに、海外で資金調達をしたり、海外進出の際に知名度を上げたりする上では、IFRSベースの財務報告は直接的な意味がありますが、IFRSベースで財務報告をする意味はそれだけではないのです。
海外展開を全くしていない極めてドメスティックな企業が、IFRSベースで財務報告をする意味はあるのです。

IFRSベースで財務報告をする本来の意味は、財務報告の透明性を高め、比較可能性を高めることによって、「投資家による投資を促進すること」です。
つまり、投資しやすくする手段なのです。
その効果は明らかでしょう。
「株価の上昇」です。
投資家を日本人に限定せず、海外投資家による投資を積極的に促すことは、株価上昇の有効な手段なのです。

世界の富豪番付を思い出してください。
世界の富豪の上位を、日本人が独占している状態であれば、東京証券取引所の投資家として、日本人だけを対象にしていてもいいでしょう。
しかし、残念ながら事実はそうではありません。
世界の富豪番付の上位は、海外の人たちの方が多いのです。

現時点での東京証券取引所での売買取引高の約6割が、「海外投資家」です。
海外投資家にもアピールして投資をしてもらえれば、株価の上昇に効果があるでしょう。

例えば、阪急阪神ホールディングスでは、2010年3月期の有価証券報告書で「所在地セグメント」も「海外売上高」も開示されず、2011年3月期の有価証券報告書でも「地域ごとの情報」が開示されていません。
つまり阪急阪神ホールディングスは「ドメスティックな企業」だといえるでしょう。
しかし、同社の「株主構成比率」では「外国法人等」が0%ではなく、10.33%にもなります。
10%超という比率は低い数値ではありません。
「グローバルに活動してない」阪急阪神ホールディングスでも、多くの「海外投資家が投資」しているのです。
この海外投資家が一斉に株を手放して、購入もしなくなると、阪急阪神ホールディングスの株は、それまでよりも活発には売買されなくなり、株価の上昇は勢いがなくなるでしょう。
このように「ドメスティックな企業」でも「海外投資家」は、株価を上昇させる上で重要な意味を持つのです。

「うちの株価を上げる必要はない」という企業は、上場を廃止し、株式市場から退場すべきでしょう。
投資家に対する背徳行為だからです。
蛇足かもしれませんが、自社の株主に海外投資家が一人もいない企業であっても、海外投資家が参加している東京証券取引所全体の株価総額が上昇すれば、その恩恵を受けることができるのです。

3.は最悪です。
アドプションではなく、コンバージェンスに先祖帰りすることは、近年、日本企業を悩ませてきた状況を続けることになります。
日本企業を悩ませるということを具体的に整理すると以下のようなものがあると思います。

  1. 日本の会計制度体系には、IFRSのような概念フレームワークがない。
    IFRSの概念フレームワークはIASBによって正式に承認されていますが、日本には正式に承認された概念フレームワークは存在していないのです。
    会計基準全体の整合性を保つための概念フレームワークが存在しない中で、個別トピックごとにIFRSにコンバージェンスされるので、会計制度全体として整合性がなくなるのです。
    決算現場としては、「決まった基準には従うほかないが、なぜこのような会計処理をしなければならないのか」という点で、納得感が得られない状況がずっと続くことになります。
    ちなみにアメリカは、FASBがIASBと共同で概念フレームワークの改良を行っています。
    日本はこれに全く関与していないようです。
  2. 日本の会計制度に加えてIFRSを理解する必要がある。
    「コンバージェンス」はIFRSという対象に向かって基準間の差異を小さくすることです。
    新しい会計基準が、IFRSを対象にしていることを理解しないで、毎期適用される新しい会計基準だけを理解することに目を奪われてきたために、理解が困難な状況になっているのです。
    コンバージェンスは、結局IFRSを理解しなければ「場当たり的」な対応に終始することとなるでしょう。
  3. コンバージェンスでは、適用範囲を絞れなくなる。
    IFRS強制適用については、どの企業に強制するかを検討する余地がありますが、コンバージェンスとなると、日本のすべての上場企業が影響を受けることになります。
    これでは、実務の影響をなるべく抑えようとする目的からすると逆効果になりかねず、愚策中の愚策といえるでしょう。
最後に、IFRSの強制適用が先送りされたとしても、「自社の株価を上げる」有効な手段として、IFRSを任意適用することは、すでに現行制度の中で認められているのです。
トヨタ自動車、キヤノン、パナソニックなどといった、日本の財界をリードする一流企業が、2016年3月までの対応ができないと主張しているようですが、自社の株価上昇の重要性を理解している企業は、負荷や工数をかけても、IFRSの任意適用に向けて水面下で準備を進めているのです。

私が参画しているIFRSプロジェクト推進中の企業では、公表はしていませんが、「任意適用」を前提に推進していく方針を確認した企業の方が多いのも事実です。
中には、当初適用目標にしていた2015年3月期の変更をしないで、当初の予定通り2015年3月期でIFRSベースの財務諸表が作成できるようにもっていって、その後は、いつでもIFRSベースでの開示ができる体制を維持することを検討している企業もあります。
強制適用までに複数基準の経理体制をとる無駄が発生しますが、いずれ決定される強制適用期に集中的に負荷がかからないようにするメリットと、所詮税務上の決算書類とは別計算をする世の中になるということで、早めに複数基準体制に移行しておくという目論見があるようです。
ちなみにこれらの企業はみな、IFRS任意適用について公表していません。

IFRSを適用することは、余計な対応を余儀なくされるので、決算現場ではノー・サンキューということですが、IFRS適用の意味をきちんとおさえて冷静に対応することが、最も重要なことだと思います。

週刊中田コーナー掲載内容へのご質問は、ナレッジネットワークお問い合わせまでどうぞ!
 
カレントトピックス
災害時の開示
Part1:災害時の決算処理(2011/3/18)
Part2:特定非常災害特別措置法(2011/3/28)
Part3-1:三洋電機(適時開示−地震発生から2日後)(2011/3/29)
Part3-2:三洋電機(適時開示−地震発生から約2ヶ月)(2011/3/29)
Part3-3:三洋電機(半期報告書:後発事象)(2011/3/29)
Part3-4:三洋電機(四半期決算短信)(2011/3/29)
Part3-5:三洋電機(有価証券報告書)(2011/3/29)
Part3-6:三洋電機(招集通知)(2011/3/29)
Part4:後発事象の開示事例集(2011/3/30)
Part5:法務省「定時株主総会の開催の延期」について(2011/3/30)
Part6:有価証券報告書での開示事例集(2011/4/1)
Part7:東日本大震災に関する有報での開示事例集(2011/4/4)
Part8:協会会長通牒にある『阪神・淡路大震災に係る災害損失の会計処理及び表示について』(2011/4/6)
Part9:東日本大震災の四半期報告書での開示事例集(2011/4/13)
Part10:国税庁の「災害に関する法人税、消費税及び源泉所得税の取扱いFAQ」(2011/4/18)
Part11:国税庁の法令解釈通達「東日本大震災に関する諸費用の法人税の取扱いについて」と質疑応答事例(2011/4/22)
 

IFRS開示事例研究
Part1:HOYA(2015.03)の重要な会計方針の要約
(2015/6/9) 
  Part2:日本取引所(2015.03)の現金同等物の開示
(2015/7/28)
  Part3:改定されたIAS第1号「財務諸表の表示」(開示イニシアチブ)の適用状況調査(2015/7/28) 
  Part4:定率法の採用を表現している企業の開示(2016/3/8)
  Part5:金融庁「IFRSに基づく連結財務諸表の開示例」の「留意事項」と「重要性の方針の開示例」(2016/4/7)   
 
子会社のIFRS
Part1:組替仕訳の繰越手続き(開始仕訳)の考え方
(2014/12/11)
   
IASB概念フレームワークと日本版IFRS
Part1:保守主義の復活?
(2013/10/22)
  Part2:発生可能性(蓋然性)の取り扱い(2013/11/1) 
  Part3:「純利益とOCI及びリサイクリング」の取り扱い(2013/12/4)  
   
日本企業をダメにする会計制度
Part1:開発費会計
(2013/2/3)
  Part2:減損会計
(2013/2/11)  
  Part3:のれん
(2013/2/21)   
  Part4:リース会計
(2013/4/1)
   
個別論点IFRS
Part1:金型(2011/1/28)
Part2:広告宣伝費、販促費及び通信販売のカタログ(2011/2/4)
Part3:IFRS適用で失われる税務メリット(2011/2/11)
Part4:支払利息の原価参入(2011/2/26)
Part5:有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応(2011/4/18)
Part6:投資不動産とリース会計(2011/6/10)
Part7:棚卸資産会計での製造間接費の配賦における「正常生産能力」(2011/6/19)
Part8:外貨建取引の換算と個別会計システム(2011/9/7)
Part9:減損の兆候(2011/9/26)
Part10:経済的耐用年数のあの手この手(2011/10/13)
Part11:現在の決算手続きに影響を与えかねない経済的耐用年数の決定(2011/10/29)
Part12:有給休暇引当金を計上しないケース(2011/11/9)
Part13:自己株式を取得するための付随費用(2011/12/15)
Part14:有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応(その2)(2011/12/26)
Part15:退職給付会計と年金数理人(2012/1/23)
Part16:製品原価計算項目の会計基準差異の税務上の取扱い(2012/3/13)
  Part17:棚卸資産の評価とAging(長期滞留)(2012/5/23)
  Part18:資本的支出後の減価償却資産の償却方法等(2012/12/24) 
  Part19:開発費の償却費は原価参入するべきか?(2013/4/3)  
  Part20:有給休暇引当金の対応事例(2014/1/24)  
  Part21:改定後IAS第19号の退職給付の開示事例(2014/4/3)   
  Part22:有給休暇引当金開示の実態と分析(2014/9/9)    
  Part23:開発費資産計上の実態と分析(2014/11/10)   
  Part24:賦課金の会計処理と固定資産税(2015/11/18)  
  Part25:闇に葬られてしまった有給休暇引当金問題(2016/9/9)   
  
IFRS対応プロジェクト最前線
Part1:影響度調査での重要性(2010/10/19)
Part2:影響度調査が終わったら(2010/10/25)
Part3:グループ会計方針(2010/11/23)
Part4:影響度調査後のプロジェクト体制 (2010/12/9)
Part5:公開草案への対応 (2011/1/7)
Part6:影響度調査の盲点 (2011/1/21)
Part7:IFRS適用時の監査対応 (2011/2/21)
Part8:2011年3月時点でのIFRS対応状況(2011/3/14)
Part9:IFRS適用時期と大震災(2011/4/27)
Part10:中国子会社の決算期ズレへの対応方法(2011/5/18)
Part11:IFRSでの勘定科目体系(2011/5/27)
Part12:グループ会計方針での重要性の判断規準(2011/6/1)
Part13:自見庄三郎金融担当大臣の談話に関する留意点(2011/6/27)
Part14:6月30日の企業会計審議会の議論について(2011/7/14)
Part15:IFRS適用の今後の展開予測(2011/7/14)
Part16:さまざまなグループ会計方針書(2011/8/31)
Part17:IFRS決算体制はいつから検討するか(2012/2/8)
  Part18:馬鹿に出来ない!?最初のIFRS財務諸表をアニュアルレポートで開示するメリット(2012/4/11)
  Part19:金融商品としての売掛金の開示(2012/4/24) 
  Part20:うちはどうするIFRS?(2012/6/19)  
  Part21:膨大な注記への対応(2012/7/31)
  Part22:定額法への減価償却方法の変更の動向(2012/8/27) 
  Part23:減価償却方法変更の記載事例(2012/9/16)  
  Part24:耐用年数変更の記載事例(2012/10/1)   
  Part25:監査法人へのIFRS対応報酬の支払状況(2012/11/12)  
  Part26:IFRS任意適用の動向(2013/4/2) 
  Part27:J-IFRS(日本版IFRS)のねらい(2013/6/20)  
  Part28:IFRSの任意適用を拡大させる第一弾か?(2013/6/23)   
  Part29:IFRSの任意適用拡大に向けての経団連の期待と役割(2013/9/2)    
  Part30:日本企業同士の合併とIFRS(2013/10/11) 
  Part31:新指数『JPX日経インデックス400』はIFRS任意適用拡大に影響があるか(2013/12/24)  
  Part32:自民党・日本経済再生本部の「日本再生ビジョン」におけるIFRSの記載(2014/6/5)
  Part33:骨太の方針とIFRS(2014/6/27)  
  Part34:任意適用積み上げの動向と強制適用の可能性(2015/1/13)     
  Part35:注記情報の大幅削減が可能に!!(2015/2/9)  
  Part36:開示ボリュームを激減させる具体例(2015/5/14)   
  Part37:連結決算短信での「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の記載状況(2015/6/9)   
  Part38:IFRS適用の対応コスト(2015/6/9)     
  Part39:4つの会計基準収斂の方向性(2015/6/9)  
  Part40:IFRS財団は日本の現状をどう見ているか(2015/7/28)   
  Part41:丸紅の初度適用(短信からの初度適用)(2015/9/8)   
  Part42:単体財務諸表へのIFRS任意適用の動き(2016/9/9)
  Part43:米国基準を適用している企業の動き(2017/3/15)
  
中田版『IFRSの誤解』 
Part1:包括利益(2010/8/6)
Part2:連結の範囲 (2010/8/30)
Part3:棚卸資産会計(2010/9/27)
Part4:IFRS適用時期(2010/10/05)
Part5:海外子会社の機能通貨(2010/10/12)
Part6:収益認識(FOBとCIF)(2010/11/8)
Part7:初度適用と海外子会社のPL換算(2010/12/29)
Part8:IAS第16号の「一会計期間」は「一年」(2011/1/14)
Part9:海外子会社の機能通貨(その2)(2011/3/7)
Part10:子会社の会計方針の統一(2011/3/28)
Part11:IFRSは時価会計的でM&Aのためにある(2011/7/25)
Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない(2011/8/1)
  Part13:300万円ルールなどがないIFRSではすべてのリースがオンバランスになる(2014/2/24)   
  Part14:開示義務の明文規定がある場合には、すべて開示しなければならない(2014/5/9) 
 
勝手に解説『山田辰己理事のIASB会議レポート』
Part1:連結子会社の開示
 (2010/8/17)
Part2:概念フレームワーク
 (2010/8/23)
Part3:アメリカの動向(2011/8/23)
 
『グループ法人税制が与える連結決算への影響』
Part1:固定資産未実現に係る税効果の会計手続き(譲渡損益調整資産の取扱い)(2010/9/7)
Part2:連結法人間の寄附金に係る税効果の会計手続き
(2010/9/13)
Part3:中小特例の取扱い(2010/9/21)
 

『やさしく深掘り IFRSの概念フレームワーク』
『やさしく深掘り IFRSの有形固定資産』
『わかった気になるIFRS』
『連結経営管理の実務』
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』


このページの先頭へ
Copyright(C) 2010 Knowledge Network.Ltd All Rights Reserved.