有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士 中田清穂のサイト ホーム 有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士 中田 清穂
ホーム > 週刊中田コーナー >中田版『IFRSの誤解』 Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない (2011/8/1)
中田版『IFRSの誤解』 Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない (2011/8/1)

【誤解】IFRSは投資家のための会計基準だということだが、日本の会計基準で十分投資家の判断に役立っており、わざわざIFRSを日本企業に適用させる意味はない。
  ↓
【実際】IFRSは、投資家が意思決定をする上で重要なポイントになる「将来キャッシュ・インフロー」の予測に役立つ財務報告を提供させるものであることから、過去の結果である損益中心の財務報告を提供させる日本基準よりも、投資家の役に立つものである。

冒頭の誤解をされている方々の中には、「IFRSを適用せず、日本の会計基準で開示し続けても、アナリストなどのプロフェッショナルが、日本基準で開示された財務報告をIFRSベースに置き換えて分析してくれるから、投資家は困らないんだ」という意見があります。

今回はこれについて検討してみたいと思います。
投資家の意見を全て聞くことはできません。
そこで、2011年6月30日に開催された金融庁企業会計審議会総会と企画調整部会の合同会議で発言した委員の中で、投資家サイドの立場で発言された鈴木行生氏(日本ベル投資研究所代表取締役)の意見を参考にします。
鈴木行生氏は、日本証券アナリスト協会の元会長です。

鈴木行生氏の発言で参考になると思われるのが、以下の項目です。
(1) 投資家は、「経営者が企業価値を創造するプロセス」に投資するのだ。
(2) IFRSでモノサシが変わると、経営者の意思決定がどのように変わるのか、つまり、「IFRSが企業価値の創造にどう影響するか」が最大のポイントである。
(3) 「企業価値を創造するしくみ」とは、すなわちビジネスモデルであり、ビジネスモデルが変わるということについて、投資家サイドとしては重大な関心を持っている。
(4) 投資家サイドから見て、経営者も従来の会計基準で報告されている財務情報に不満を持っているようだ。従来の会計基準は実態を表していないからだ。投資家も実態を知りたい。
(5) 「今まで通りやりたい」という保守的な考えや感情論ではなく、業種などのセクターごとにきちんと検討して、日本の企業活動の実態に合わないものは整理した上で受け入れないことを明確にしていくべきだ。

上記を私なりに解釈すると以下のようになります。

IFRSは従来の過去の業績を測るためのモノサシではなく、将来のキャッシュ・インフローを測るためのモノサシである。
制度会計においてモノサシが変わることで、経営者も、過去の結果である業績にばかりとらわれず、将来のキャッシュ・インフローを増やすことを意識した意思決定をするようになるのではないかという点に、投資家としては関心がある。
このことは、企業のビジネスモデルの在り方も変えるかもしれない。
なぜなら、目先の業績を負うためのビジネスモデルから、中長期的な観点で将来のキャッシュ・インフローを増加させるビジネスモデルに変えるかもしれないからだ。
そのようなビジネスモデルの変更を行う企業は、「企業価値を創造するプロセス」を改善することになるだろう。
投資家はそのような企業に投資するのだ。


ここには、IFRSが、企業を売買するための、つまりM&Aのためのモノサシではなく、企業が長期的に継続して活動するゴーイング・コンサーンを前提とする会計基準であり、だからこそ、将来のキャッシュ・インフローを増加させることを意識せざるを得ない会計基準なのだという前提があることを念頭に入れた発言だと思います。

まさしく、IFRSの概念フレームワークの「基礎となる前提」に記載されている「継続企業の前提」です。

また、(4)の「経営者も従来の会計基準で報告されている財務情報に不満を持っている」というところも見過ごせません。
従来の日本の会計基準は、有形固定資産の減価償却費の処理のように、全く異なる業種の企業がどのように使おうとも、みな同じ耐用年数で処理しています。
つまり、実態とはかけ離れた会計処理をしてきたのです。
その結果を制度会計用の開示情報だけでなく、社内の経営管理にも利用させられてきたのです。

私も上場企業のトップ・マネジメントから、「経理から上がってくる財務情報は、全然信用できない。経営意思決定をする上でとても困っている。経理から上がってくる情報に騙されないように気をつけている。」といわれることがしばしばありました。
経理部門としては経営者をだますつもりは毛頭ないでしょうが、経営者としては、実態を表さず、ただルール通りに画一的に処理された財務情報が、自社の実態にフィットしていないことを、感じ取っているのだと思います。
社内のだれが見ても、重要な製造設備が30年近くも使われているのに、10年で期間配分が終わってしまっていて、あと何年使えるかという情報はどこからも上がってこないのですから。

投資家は、経営者が実態をきちんと把握して、その上で将来のキャッシュ・インフロー、すなわち企業価値を増大させるビジネスモデルの構築にまい進してもらいたいと考えているのではないでしょうか。

なお、投資家サイドの立場で発言された他の委員からは、以下の発言がありました。
・ 海外のアナリストの中で、日本の会計基準を習得しようという機運がかなり後退している。
・ 日本のマーケット自体の関心が低くなってきている。
・ その反面、アジアの企業への関心は相当高まっている。
・ 海外での決算説明会に出席しても、日本企業の説明会は閑古鳥だが、アジア企業の説明会は満員だ。
・ これ以上、日本のマーケットや日本企業への関心が低くならないように、IFRSの適用に関する議論をしていただきたい。


週刊中田コーナー掲載内容へのご質問は、ナレッジネットワークお問い合わせまでどうぞ!
 
カレントトピックス
災害時の開示
Part1:災害時の決算処理(2011/3/18)
Part2:特定非常災害特別措置法(2011/3/28)
Part3-1:三洋電機(適時開示−地震発生から2日後)(2011/3/29)
Part3-2:三洋電機(適時開示−地震発生から約2ヶ月)(2011/3/29)
Part3-3:三洋電機(半期報告書:後発事象)(2011/3/29)
Part3-4:三洋電機(四半期決算短信)(2011/3/29)
Part3-5:三洋電機(有価証券報告書)(2011/3/29)
Part3-6:三洋電機(招集通知)(2011/3/29)
Part4:後発事象の開示事例集(2011/3/30)
Part5:法務省「定時株主総会の開催の延期」について(2011/3/30)
Part6:有価証券報告書での開示事例集(2011/4/1)
Part7:東日本大震災に関する有報での開示事例集(2011/4/4)
Part8:協会会長通牒にある『阪神・淡路大震災に係る災害損失の会計処理及び表示について』(2011/4/6)
Part9:東日本大震災の四半期報告書での開示事例集(2011/4/13)
Part10:国税庁の「災害に関する法人税、消費税及び源泉所得税の取扱いFAQ」(2011/4/18)
Part11:国税庁の法令解釈通達「東日本大震災に関する諸費用の法人税の取扱いについて」と質疑応答事例(2011/4/22)
 

IFRS開示事例研究
Part1:HOYA(2015.03)の重要な会計方針の要約
(2015/6/9) 
  Part2:日本取引所(2015.03)の現金同等物の開示
(2015/7/28)
  Part3:改定されたIAS第1号「財務諸表の表示」(開示イニシアチブ)の適用状況調査(2015/7/28) 
  Part4:定率法の採用を表現している企業の開示(2016/3/8)
  Part5:金融庁「IFRSに基づく連結財務諸表の開示例」の「留意事項」と「重要性の方針の開示例」(2016/4/7)   
 
子会社のIFRS
Part1:組替仕訳の繰越手続き(開始仕訳)の考え方
(2014/12/11)
   
IASB概念フレームワークと日本版IFRS
Part1:保守主義の復活?
(2013/10/22)
  Part2:発生可能性(蓋然性)の取り扱い(2013/11/1) 
  Part3:「純利益とOCI及びリサイクリング」の取り扱い(2013/12/4)  
   
日本企業をダメにする会計制度
Part1:開発費会計
(2013/2/3)
  Part2:減損会計
(2013/2/11)  
  Part3:のれん
(2013/2/21)   
  Part4:リース会計
(2013/4/1)
   
個別論点IFRS
Part1:金型(2011/1/28)
Part2:広告宣伝費、販促費及び通信販売のカタログ(2011/2/4)
Part3:IFRS適用で失われる税務メリット(2011/2/11)
Part4:支払利息の原価参入(2011/2/26)
Part5:有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応(2011/4/18)
Part6:投資不動産とリース会計(2011/6/10)
Part7:棚卸資産会計での製造間接費の配賦における「正常生産能力」(2011/6/19)
Part8:外貨建取引の換算と個別会計システム(2011/9/7)
Part9:減損の兆候(2011/9/26)
Part10:経済的耐用年数のあの手この手(2011/10/13)
Part11:現在の決算手続きに影響を与えかねない経済的耐用年数の決定(2011/10/29)
Part12:有給休暇引当金を計上しないケース(2011/11/9)
Part13:自己株式を取得するための付随費用(2011/12/15)
Part14:有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応(その2)(2011/12/26)
Part15:退職給付会計と年金数理人(2012/1/23)
Part16:製品原価計算項目の会計基準差異の税務上の取扱い(2012/3/13)
  Part17:棚卸資産の評価とAging(長期滞留)(2012/5/23)
  Part18:資本的支出後の減価償却資産の償却方法等(2012/12/24) 
  Part19:開発費の償却費は原価参入するべきか?(2013/4/3)  
  Part20:有給休暇引当金の対応事例(2014/1/24)  
  Part21:改定後IAS第19号の退職給付の開示事例(2014/4/3)   
  Part22:有給休暇引当金開示の実態と分析(2014/9/9)    
  Part23:開発費資産計上の実態と分析(2014/11/10)   
  Part24:賦課金の会計処理と固定資産税(2015/11/18)  
  Part25:闇に葬られてしまった有給休暇引当金問題(2016/9/9)   
  
IFRS対応プロジェクト最前線
Part1:影響度調査での重要性(2010/10/19)
Part2:影響度調査が終わったら(2010/10/25)
Part3:グループ会計方針(2010/11/23)
Part4:影響度調査後のプロジェクト体制 (2010/12/9)
Part5:公開草案への対応 (2011/1/7)
Part6:影響度調査の盲点 (2011/1/21)
Part7:IFRS適用時の監査対応 (2011/2/21)
Part8:2011年3月時点でのIFRS対応状況(2011/3/14)
Part9:IFRS適用時期と大震災(2011/4/27)
Part10:中国子会社の決算期ズレへの対応方法(2011/5/18)
Part11:IFRSでの勘定科目体系(2011/5/27)
Part12:グループ会計方針での重要性の判断規準(2011/6/1)
Part13:自見庄三郎金融担当大臣の談話に関する留意点(2011/6/27)
Part14:6月30日の企業会計審議会の議論について(2011/7/14)
Part15:IFRS適用の今後の展開予測(2011/7/14)
Part16:さまざまなグループ会計方針書(2011/8/31)
Part17:IFRS決算体制はいつから検討するか(2012/2/8)
  Part18:馬鹿に出来ない!?最初のIFRS財務諸表をアニュアルレポートで開示するメリット(2012/4/11)
  Part19:金融商品としての売掛金の開示(2012/4/24) 
  Part20:うちはどうするIFRS?(2012/6/19)  
  Part21:膨大な注記への対応(2012/7/31)
  Part22:定額法への減価償却方法の変更の動向(2012/8/27) 
  Part23:減価償却方法変更の記載事例(2012/9/16)  
  Part24:耐用年数変更の記載事例(2012/10/1)   
  Part25:監査法人へのIFRS対応報酬の支払状況(2012/11/12)  
  Part26:IFRS任意適用の動向(2013/4/2) 
  Part27:J-IFRS(日本版IFRS)のねらい(2013/6/20)  
  Part28:IFRSの任意適用を拡大させる第一弾か?(2013/6/23)   
  Part29:IFRSの任意適用拡大に向けての経団連の期待と役割(2013/9/2)    
  Part30:日本企業同士の合併とIFRS(2013/10/11) 
  Part31:新指数『JPX日経インデックス400』はIFRS任意適用拡大に影響があるか(2013/12/24)  
  Part32:自民党・日本経済再生本部の「日本再生ビジョン」におけるIFRSの記載(2014/6/5)
  Part33:骨太の方針とIFRS(2014/6/27)  
  Part34:任意適用積み上げの動向と強制適用の可能性(2015/1/13)     
  Part35:注記情報の大幅削減が可能に!!(2015/2/9)  
  Part36:開示ボリュームを激減させる具体例(2015/5/14)   
  Part37:連結決算短信での「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の記載状況(2015/6/9)   
  Part38:IFRS適用の対応コスト(2015/6/9)     
  Part39:4つの会計基準収斂の方向性(2015/6/9)  
  Part40:IFRS財団は日本の現状をどう見ているか(2015/7/28)   
  Part41:丸紅の初度適用(短信からの初度適用)(2015/9/8)   
  Part42:単体財務諸表へのIFRS任意適用の動き(2016/9/9)
  Part43:米国基準を適用している企業の動き(2017/3/15)
  
中田版『IFRSの誤解』 
Part1:包括利益(2010/8/6)
Part2:連結の範囲 (2010/8/30)
Part3:棚卸資産会計(2010/9/27)
Part4:IFRS適用時期(2010/10/05)
Part5:海外子会社の機能通貨(2010/10/12)
Part6:収益認識(FOBとCIF)(2010/11/8)
Part7:初度適用と海外子会社のPL換算(2010/12/29)
Part8:IAS第16号の「一会計期間」は「一年」(2011/1/14)
Part9:海外子会社の機能通貨(その2)(2011/3/7)
Part10:子会社の会計方針の統一(2011/3/28)
Part11:IFRSは時価会計的でM&Aのためにある(2011/7/25)
Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない(2011/8/1)
  Part13:300万円ルールなどがないIFRSではすべてのリースがオンバランスになる(2014/2/24)   
  Part14:開示義務の明文規定がある場合には、すべて開示しなければならない(2014/5/9) 
 
勝手に解説『山田辰己理事のIASB会議レポート』
Part1:連結子会社の開示
 (2010/8/17)
Part2:概念フレームワーク
 (2010/8/23)
Part3:アメリカの動向(2011/8/23)
 
『グループ法人税制が与える連結決算への影響』
Part1:固定資産未実現に係る税効果の会計手続き(譲渡損益調整資産の取扱い)(2010/9/7)
Part2:連結法人間の寄附金に係る税効果の会計手続き
(2010/9/13)
Part3:中小特例の取扱い(2010/9/21)
 

『やさしく深掘り IFRSの概念フレームワーク』
『やさしく深掘り IFRSの有形固定資産』
『わかった気になるIFRS』
『連結経営管理の実務』
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』


このページの先頭へ
Copyright(C) 2010 Knowledge Network.Ltd All Rights Reserved.